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大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)602号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕第一、事故

一、請求原因一の(一)ないし(五)のうち事故の具体的内容の点を除きその余の事実は当事者間に争いがない。

二、事故態様

<証拠>によれば、本件事故現場は、道路の幅員が一三メートルの南北道路と、西側が一一、五メートル、東側が一三メートルの東西道路の交差する信号機の設置された交差点内であるが、被告亮宗は加害車を運転して東西道路を西から東へ進行して同交差点を右折南進しようとし、同交差点の手前九メートルの付近にさしかかつた際、東西の信号が青を表示しているのを認め、同所に前方を東から西へ直進してくる被害車が同交差点に進入しかけてくるのを認めたので、右折の方向指示をなして時速約一〇キロメートルに減速して同交差点に進入し、南北道路が南行の一方通行道路であつたため、同交差点に進入した直後から右折の態勢に入つたところ、東西道路の南端近くを西進していた被害車が同道路の中央付近にわずかに進路を変えて西進してくるのを認めたため、危険を感じて急制動の措置をとり、約三メートル右斜めに進行した地点で停車したところ、それとほとんど同時に直進して来た被害車前部と加害車の右前部とが衝突するに至つたこと、衝突地点は、東西道路(西側道路)の南端の延長線上より二、七メートル北側で、南北道路の西端の延長線上よりなお二、八メートル西側の地点で、同交差点内の西端の部分であること、一方、原告は被害車を運転して時速約三五キロメートルで東西道路を西進し、同交差点の信号が青の表示であつたため、そのまま同交差点内に進入したが前方を右折しようとして進行して来る加害車を認めたので減速したが、同車が停止して被害車を通過させようとしている様子に感じられたので、加速して進行したところ、加害車がなお右折進行してきているのを直前に認め、左転把したが及ばず前記のように衝突するに至つたこと、がそれぞれ認められ、右認定に反する原告および被告広瀬亮宗本人尋問の結果はたやすく措信しがたい。右事実によれば、被告亮宗は交差点を右折しようとし、その際対向する直進車のあることを認めていたのであるから、あらかじめできる限り道路の中央に寄り、交差点中心の直近の内側を徐行して対向車輛との安全を確認して進行妨害をしないよう注意する義務があるものというべきところ、交差点進入直後から右折を開始し、対向する被害車との安全を十分確認することなく進行したものと認められるから、同被告に運転上の過失のあつたことは明らかである。一方、原告においても、交差点を直進するにあたり対向より同交差点を右折しようとしいる車輛を認めていたのであるから、その動静には十分注意し安全を確認して進行する義務のあるところ、同車が停止してくれるものと軽信して加速進行したものであり、とりわけ、右認定のように衝突地点と道路端の間が二、七メートルであるから、前方をよく注視しハンドル操作を確実にしていれば、自動二輪車が無事通過しうる余裕がなかつたとはいえない(約二メートル余はあつたもの認められる)ので、原告にも事故発生につき過失があつたものと認めるのが相当である。従つて、本件事故は被告亮宗と原告双方の過失によつて発生したものと認められ、両者の過失の割合は、以上認定の事実を綜合して、前者を九、後者を一とするを相当と認める。

第二、責任

一、被告広瀬正亮

<証拠>によれば、被告亮宗は被告正亮の長男で被告亮宗肩書住所地の大道病院に勤務する医師であり、被告正亮所有名義の本件加害車を事故時前約一年半以来専属的に使用していたものであり、また、被告正亮は同被告肩書の三重県上野市で被告亮宗の妻子らと共に居住し、同車の所有名義人ではあるが、自から同車を運転、使用することもなく、もつぱらこれを大阪市内の病院に勤務する長男亮宗の使用に委ね同被告が所用その他実家との往復等に使用していたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。右事実によれば被告正亮は加害車の所有名義人ではあるが、同被告に同車の運行支配と運行利益は帰属しておらず、もつぱら被告亮宗にこれが帰属していたものと認められるので、被告正亮は加害車の運行供用車であると認めることはできない。従つて、原告の同被告に対する請求は理由がない。

二、被告広瀬亮宗

請求原因二の(一)の2の事実は当事者間に争いがなく、これと右事実を考え合せれば、同被告が加害車の運行供用者であることが明らかである。

よつて、被告亮宗は本件事故によつて生じた損害を前記の過失割合に応じて賠償する責任がある (吉崎直弥)

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